授業は「考える」時間
- 深澤 雄基
- 2020年12月12日
- 読了時間: 1分
更新日:2021年6月18日
教育業界に身を置いて長いですが、私は授業は「考える」時間としています。
というのも、こちらがずっと教えても受講者は終始受け身であるため、次第に退屈になるし、自分の頭で考えなくなる可能性があるからです。
ただ、一方的にこちらが話すことは必要な瞬間もあるので、やるときはやりますが、あまり行いません。
特に、小論文は自分で考えていくことがとても大事な科目なので、背景知識や論理的な考え方を教えることはあれど、「自分で考える」に時間を割きます。
何を考えてもらうのか?
設問の要求に応えられているか(皆さん結構答えられてないです)
自分で書いた文章に矛盾点や論理的におかしな点がないか
おかしな点をどう修正すれば良い文章に変転するか
を考えてもらいます。そして、書いてもらい、一緒になって良いものに変わったかの検証を行う。
ひたすらこれらを繰り返す。
私が授業の主役にならず、受講者に主役になってもらいます。そして、思考を巡らすことに必死になってもらう。
私の役割はサポーターです。授業をする人ではありません。だからこそ、授業時間中に教え続けることはしません。皆さんには考えることを大事にしてもらっています。

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